2024/10/18
2024/10/18
近年ニュースなどでも取り上げられ注目されている「ユマニチュード」。フランスで生まれた認知症のケア技法です。そもそも認知症とは、何らかの原因により脳の神経細胞が破壊されてしまったり、働きが悪くなったりしてうまく指令が行かず、記憶力や判断力などの障害が起き、生活に支障が出ている状態がおよそ6か月以上継続していることをいいます。近しい間柄でも意思の疎通が難しくなったり、それが原因で衝突が起きたりと双方にとって負担になることが多くあります。今回は、ユマニチュードについて理解を深め、自治体や病院・介護施設などでどのような取り組みがなされているかをご紹介します。
ユマニチュードは、フランス生まれた認知症ケアの技法です。「人間らしさを取り戻す」という意味をもち、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の要素を「ケアの4つの柱」とし、「5つのステップ」を踏んだ行動で構成されます。
開発者は、『介護の現場で発生する、点滴や清拭、与薬、食事介助など、いつもなら戦いのようなやりとりとなりかねない状況においても、ケアを受ける人とケアを行う人との間に自由・平等・友愛の精神が存在するのであれば、ケアを行なっている人は掲げる理念や哲学と行動が一致せねばならず、「自分が正しいと思っていることと、自分が実際に行なっていることを一致させるための手段」としてこの技術を用いるのだ』と主張しています。
難しい言葉で表現されていますが、ユマニチュードはケアを受けている人に対して「あなたを大切に思っている」と相手にわかるように伝える技術なのです。
どんなに大切に思っていても、また優しくしたいと思っていても、その気持ちは理解できるように表現しできなれば、相手に届きません。ケアがうまくいかない時には「見る方法」「話す方法」「触れる方法」が違っていることの気づきから、この3つが要素の柱として定められました。また、人は「立つ」ことによってその人らしさ、つまりその尊厳が保たれることから柱の1つとなっています。
4つの柱について、詳しく説明します。
通常私たちは、必要な視覚情報を得るために物を見ますが、ユマニチュードにおける「見る」動作では、相手を大切に思っていることを伝えるために次のような手法を用います。同じ目の高さで見ることで「平等な存在であること」、近くから見ることで「親しい関係であること」、正面から見ることで「相手に対して正直であること」などのメッセージを伝えます。
(逆に、寝ている人に立って話しかけるとき、そんなつもりはなくても見下ろすことで「私のほうがあなたより強い」という非言語の否定的メッセージが届いている場合があります。)
話すとき、低めの声は「安定した関係」を、大きすぎない声は「穏やかな状況」を、前向きな言葉選びは「心地よい状態」を表現します。また、相手から反応がない場合は、自分が行なっているケアを実況する「オートフィードバック」という方法を用います。例えば清拭の際であれば「温かいタオルを持ってきました」「これから腕を拭きますね」「身体があたたまりしたね」というような内容で話をします。
(ケアをする時には「じっとしていてくださいね」「すぐ終わります」などの言葉をかけがちですが、「私はあなたに命令しています」「あなたにとって不快なことを行なっています」というメッセージになり、沈黙した状況は「あなたは存在していない」といった否定的なメッセージとして伝わってしまいます。)
私たちは、着替えや歩行介助などで相手に触れていますが、その時相手をつかんでいることに無自覚なことがあります。つかむ行為は自由を奪っていることを意味し、認知症の行動心理症状のきっかけとなってしまうことも。触れることも相手へのメッセージなので、相手を大切に思っていることを伝えるための技術を用います。「広い面積で触れる」、「つかまない」、「ゆっくりと手を動かす」、そしてできるだけ鈍感な場所(たとえば背中、肩、ふくらはぎなど)から触れ始め、次第により敏感な場所(たとえば手、顔など)に進みます。
人間は立つことによって体のさまざまな生理機能が十分に働くようにできています。さらに立つことは「人間らしさ」の表出のひとつ。1日合計20分立つ時間を作れば立つ能力は保たれ、寝たきりになることを防げるとユマニチュードの開発者は提唱しています。トイレや食堂への歩行、洗面やシャワーを立って行うなどケアを行う時にできるだけ立つ時間を増やすことで実現していきます。
ユマニチュードではすべてのケアを一連の物語のような手順で実施します。「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を複数使いながら、この手順を踏むことで、相手に対して、思いやりや尊重、理解を行動で表現します。
1)出会いの準備(自分の来訪を告げ、相手の領域に入って良いと許可を得る)→ノックをして入室する など
2)ケアの準備(ケアの合意を得る)→「食事の用意ができましたよ」と伝える など
3)知覚の連結(いわゆるケア)→ケア中も目を見て会話をする、オートフィードバック※を用いて話す など
※今、ケアしている状況を実況中継すること。
4)感情の固定(ケアの後で共に良い時間を過ごしたことを振り返る)→例えば清拭後に「すっきりしましたね」と声を掛ける など
5)再会の約束(次のケアを受け入れてもらうための準備)→「また来ますね」と伝える など
大切なのは、信頼関係を育むこと。「4つの柱」と「5つのステップ」を使いながら「あなたは大切な存在です」という気持ちを伝えるコミュニケーションをとります。
認知症の方の行動や心理症状の改善、介護負担の軽減が期待されるユマニチュード。新しい情報にアンテナをたてて取り組んでいる施設は多数あり、ユマニチュードについても例外ではありません。一般社団法人「日本ユマニチュード学会」により、広報活動をはじめ、病院や介護施設等を対象とした講演会や事例共有する交流会などが全国で実施され、さまざまな施設が参加しています。現場では、組織内に推進プロジェクトチームを発足させ、取組の全体計画を策定し、フォローを受けるといった形で推進されています。
人生100年時代を背景に、自治体でも取り組みが進んでいます。ユマニチュードは、医療や介護現場だけのものではなく、超高齢社会の日本において、誰もが自分らしく生きていける社会を実現するために誰もが身に付けて関わることのできる技術です。そのため「ユマニチュード」への取り組みを採択、検討する自治体も増え始めています。
福岡県福岡市では、人生100年時代を見据え、誰もが心身ともに健康で自分らしく生きていくことが出来るような社会をつくるための「福岡100」というプロジェクトがあり、その一つとして「認知症フレンドリーシティ」を目指しています。「認知症フレンドリーセンター」を設置し、病院、介護施設、家族介護者、一般市民、子ども、公務員など幅広い方々に「ユマニチュード」講習が行われています。
プロジェクトチームを立ち上げ、ユマニチュードに取り組んでいる介護付有料老人ホームがあります。福岡県福岡市の介護付有料老人ホーム「フェリオ百道」です。
5つのステップを行動に落とし込み、自分自身でチェックし振り返る体制を整えています。例えば食事介助での「出会いの準備」では、見えるところから近づき目を合わせてから声を掛ける、「ケアの準備」では、配膳の際に「見る」「触れる」「話す」のうち2つの技法を取り入れるなど、ステップごとに具体的な行動項目を提示しています。
プロジェクトリーダーのスタッフは「ケアをしに行くのではなく、‟あなたに合いに来たんです“ということを伝えることから始める」と話します。入室の際はしっかりノックをして、相手に正面からゆっくり近づき、おなじ目線、おなじ高さで体に優しく触れながらおだやかな言葉で接する。「嫌なことをしない、無理なことをしない、楽しい時間をつくる。こうして信頼関係を育むことが遠回りのようで実は近道だったりする」と感じているそうです。
スタッフ同士でユマニチュードの成功体験を共有し、うまくいかない際は相談し合うなどして実践へつなげています。実際に、「からだに触れながら声掛けをしたら目がしっかりと開き立位が安定した」、「以前より関わりが楽しめるようになった」などの声もあり、信頼関係が深くなり距離が縮まる、入居者の方が穏やかな表情になるなど、認知症の方と職員、双方に良い影響が生まれています。
認知症の方の対応は、身近な人でも寄り添うことが難しいと感じ、心が折れることもあります。一方、高齢になると、認知機能の低下や身体的制約により、自己肯定感や自尊心の低下を抱えることもあります。ユマニチュード(人間性を重んじる態度や行動)は、高齢者とのコミュニケーションにおいて、思いやり、尊重、理解を持って寄り添い、高齢者との絆を深め、人間らしい尊厳を持った生活を送ることを支援する重要なコミュニケーションの技術です。病院、介護施設、自治体などでもさまざまな取り組みが増えています。少子高齢化の日本で「認知症になっても大丈夫」という社会をみんなでつくっていくことが大切なのかもしれません。介護施設を検討する際には、ユマニチュードに取り組んでいるかどうかも確認してみるといいでしょう。
※参考:ユマニチュードとは|日本ユマニチュード学会 https://jhuma.org/ ,(参照 2024-10-15)
※参考:ユマニチュードとは|福岡市 https://www.city.fukuoka.lg.jp/ ,(参照 2024-10-15)
監修:株式会社シニアライフカンパニー 介護付有料老人ホーム「フェリオ百道」ユマニチュード推進プロジェクト