老人ホームの暮らし 2024/9/27
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2024/9/27
園芸療法をご存じでしょうか?
福祉や教育の現場で、QOL=Quality of life(クオリティ オブ ライフ)という「生活の質」の向上を目的に行われており、園芸療法を取り入れている老人ホームでは、実際にさまざまな効果が見られています。
今回は、実際に園芸療法に携わっている園芸療法士と作業療法士の方に、「園芸療法とは何か」そして、その「効果はどのようなものか」「具体的な事例」などを伺いました。その内容をご紹介します。
園芸療法は「人間は五感の刺激を通し、無意識に自然を求め、自然に触れることで癒されていく」という考えのもと生まれ、植物を通じて身体的・精神的・社会的な健康を維持・回復し、生きがいのある生活を送ることを目指す療法です。IT化などにより便利になった現代社会では、これら健康を保つのには努力が必要だと言われています。特に精神面での健康回復においては、植物を利用した五感の刺激の効果が証明されています。
これらを背景に、ストレスの軽減や体力向上、モチベーションの維持や他者とのコミュニケーションなどを目的として行うのが園芸療法です。一方、楽しむことを目的として行うのが園芸です。
例えば野菜を育てる園芸では、共同で行う場合に、土を耕す人、種まきをする人、水をあげる人など、自然と役割が生まれます。共同での作業が終わった後には、日陰で涼みお茶を飲むという楽しみを共有する場面も生まれます。また、太陽の下で体を使って作業を行うことは、良質な睡眠につながり、いつもの食事がよりおいしく感じられることも。これは日常生活の質の向上に直結し、生活リズムを整えるきっかけにもなります。
野菜や植物を育てる園芸では、春に植え付けを行い、成長を見守り、管理し、秋には収穫をするという流れがあり、季節を体で感じることができます。その間には失敗や成功、さまざまな体と感情の動きがあります。
また、屋内での生け花やフラワーアレンジメントなどでは、自分が表現したものを周りの人に見てもらい、認めてもらう体験にもなります。四季の花をじっくりと観察し、香りを感じ、「きれいだな」と心が感じる、それが脳への刺激にもつながります。
例えば、病院のリハビリでは「あずきを皿から皿へ30個移動させてください」というような作業療法があります。園芸療法では、このような単純動作ではなく、掘った穴に種を入れて、土をかぶせたり、ハサミを使って要らない葉をちぎったりします。これらはモノをつまみ、離すというような巧緻性を高めるリハビリや、道具を使うリハビリになります。また、土を混ぜる・掘り起こすといった動作は、粗大動作のリハビリにもなります。園芸療法は、複合動作の中に、たくさんのリハビリ要素を含んでいます。
普段は5分立っていたら疲れるような人でも、テーブルの前に立って作業していたらいつのまにか30分経過していて、集中している間にリハビリになっていた、といったこともしばしばです。スタッフが見守りをするなかで、「長い時間作業ができていた」「前よりこの動作が良くなっている」「こういう作業が苦手なのかな」など、入居者の状態を新しく発見できることもあります。 また、集中することは、ストレス緩和にもつながります。
「リハビリはめんどくさいからしたくない」「起きるのもしんどいよ」というような方でも「園芸だったら行く」ということも。植物を触りたい、花を見たいと園芸自体がモチベーションとなっているケースです。それをきっかけにベッドから離れるようになり、日常生活動作(=ADL)の自立度が向上して車いすから椅子や便座への移り座りが自分でできるようになったり、自分で歩いてトイレに行けるようになったりすることもあります。
花を見て「きれいだな」と感じる“こころ=感性”は、「この花はなんという名前だろう」「この花は誰が買ってきたのだろう」というような疑問が湧くきっかけになります。また、認知症の症状がある方など、言葉で感情表現がうまくできず、伝わらないもどかしさから嫌な感情ばかりが出現するという場合もありますが、園芸療法は「楽しい」「きれい」「気持ちがいい」などプラスの感情を引き出してくれます。
トラストガーデンの園芸療法は3つのポリシーを軸に行われています。
1-こころが動くから体が動く
2-五感や感性に働きかけていく
3-園芸療法という場を使って入居者同士、入居者とスタッフ間のこころの交流を図る
畑、大きな庭、屋上ガーデンがある施設や、ホテルのような落ち着いた雰囲気の施設など特徴も設備もさまざまですが、植物を通した上記3つに当てはまるプログラムであれば、型にとらわれず、積極的に導入しています。
入居者の方と「こんなことやれたらいいね」といったコミュニケーションの中から生まれるプログラムもあります。
具体的には、
・野菜や植物の栽培
・苗の寄せ植え
・草木染め
・フラワーアレンジメント
・生け花
・クリスマスツリーの制作
などです。
野菜を収穫した際にはそれを調理したり、ハーブティーのお茶会をしたり。園芸療法は幅が広く、これまでにご家族とやってきた風景や、若い時に取り組んでいたことを思い出すきっかけにもなっています。
作業環境にもこだわり、生け花やアレンジメントでは季節の花を使い、植物が映える色、視覚的にリラックスできる色のクロスを使用するなどの工夫をしています。また、その方のできる動作に合わせて、葉っぱをきれいな器に並べる、植物で自分の家族を表現してみよう、というような、より動作を簡単にしたプログラムも用意しています。
「育てる」プログラムでは、自分のやったことが結果として見えるのも大きな特徴です。生きものを世話する緊張感、継続する楽しみ、生命力をもち変化していくものと関わるおもしろさ。育てる園芸療法は、季節の認識や記憶、計画性などの認知機能の維持や向上にもつながります。
先に述べた、植物で家族を表現するプログラムでは、「兄弟仲が良くてね」と子供達(兄弟)に見立てた植物を近くにおいたり、娘はこの花にしよう、夫婦はこの花、とイメージを膨らませたり。時には、バラの花を見て「私、若い頃男性にバラの花束をいただいたことがあるのよ」と、ふと昔のことを思い出されたこともあります。これは、認知症の方に行う心理アプローチのひとつである回想法につながった一例です。
また、視点も定まらず、花を生ける作業が難しかった方に花びらを並べる作業をお願いしたところ、コップの中にきれいなバラが出来上がっていた、ということもありました。スタッフも想像していなかったような動作や結果が生まれることがあります。
本来自然を求めている、という本質的な部分に触れた「園芸療法」。花の柔らかな感触、リラックスできる香り、美しい色、土のにおいや感触など五感を刺激し、回想法やリハビリにもつながっています。
自室や日常生活の中では出てこないような会話やコミュニケーションも多く、意外な一面を見られることも。スタッフと入居者、入居者同士の交流にもよい時間となり、ご家族との交流の時間としての取り組みとしてもおすすめです。
参考:内閣府認証NPO法人 日本園芸療法士協会http://www.engeiryohoshi.or.jp/
■作業療法士(介護支援専門員、住環境福祉コーディネーター2級、認知症ケアマッピング基礎ユーザー)
■園芸療法士(調理師、認知症ケア専門士)